パワハラ110番

「指導」と「パワハラ」は紙一重?

1-6では、「加害者側に問題がある」という視点で話を進めてきました。しかし、必ずしも加害者側に悪意がある場合ばかりではありません。業務上、管理職という立場から厳しいことを言わざるを得ない状況が発生するのも仕方がないことなのです。よく言われることですが、指導とパワハラはある意味では紙一重なところがあります。
次にご紹介する2つは、その判断基準の難しさがよく表れている判例です。被害者側が「パワハラだ!」と主張しても、第三者の目から客観的に見れば「指導の延長上のことであって、パワハラの要素はない」、「被害者側にも問題はある」と判断されることもあるという点にご注目ください。

 

事例1 : 三井住友海上火災保険上司事件
判決日 平成16年12月1日 東京地裁
判決日 平成17年4月20日 東京高裁
当事者 上司

 

【概要】

比較的早い時期に、パワハラという言葉が使われた事例です。
サービスセンター(SC)の部長が、業績が伸び悩んでいる部下を叱咤激励する意味で「意欲がないなら会社を辞めるべきだと思います。当SCにとっても会社にとっても損失そのものです。あなたの給料で業務職が何人雇えると思いますか。あなたの仕事なら業務職でも数倍の業績を上げますよ」といった内容を含むメールを同じ職場の数十人に送信したところ、「個人の業績不良をさらし物にするのはパワハラに当たるのではないか」と部下が訴えを起こしたケースです。
補足しておきますと、この部下は業績が目標を大幅に下回っているにも関わらず自己評価を「A」にして提出したり、提出書類が間に合わずに遅れたりすることもあり、指摘されても反省する様子がなかったということです。上司の側としては、なんとか仕事に対する意欲をもっと高めて欲しいという気持ちでこのメールを送信したのでしょう。

 

【判決】

第一審判決では、「メールの表現は相当に過激であり、部下にとっても相当なストレスになることは間違いないが、ただちに業務指導の範囲を逸脱したとはいえない」と判断されました。また、他の従業員に送信したことは「上司の業務指導の裁量の範囲内であり、内容も業務に関わるものに過ぎず人格を傷つけるものとまでは言えない」とされ、原告の訴えを退けました。
続く二審でも、「メール送信の目的は叱咤監督する趣旨であり、パワーハラスメントの意図は認められない」と、パワハラの可能性は否定されました。しかし、「退職勧告とも会社に不必要な人間ともとれる表現、人の気持ちをいたずらに逆なでする侮辱的言辞など、名誉感情を毀損することは明らかであり、不法行為を構成する」と判断されました。つまり、叱咤激励しようという上司の熱意は職務の範囲内として認められたものの、メールの内容やメールを部員全員に送った行為は「名誉毀損」に該当するということです。
部下の立場から考えてみれば、業績不振についてメールなどで叱責されることはこちらに非があり仕方がないことだとしても、その表現に明らかに侮蔑的と捉えられる言辞が含まれている場合には出る所に出れば勝てる見込みがあるということですね。

 

 

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事例2 : 三洋電気コンシューマーエレクトロニクス事件
判決日 平成20年3月30日 鳥取地裁
判決日 平成21年5月22日 広島高裁松江支部
当事者 会社

 

【概要】

準社員として勤務していた女性は、女子ロッカールームで、「会社内に食品サンプルの不正出荷をしている人がいる」、「準社員の中に、人事担当者がドスで刺されると発言している人がいる」、「○○は以前から会社のお金をかなり使い込んで、行き場がなくなってこの工場に来た」…といった根も葉もない噂を広げていました。
これを問題視した人事課長らが女性を会議室に呼んで面談したところ、女性は「私はそんなことは言っていない。誰かが私を陥れようとしている」などと完全否定し、終始ぶすっとした表情でふてくされるような態度を見せていました。
これに腹を立てた上司らが、「あんたがそういう発言をしたってことはもう裏が取れているんだ!」、「本当に俺はもう許さんぞ!もう不用意な発言はしないでくれ。分かっているのか!?」と大声で罵倒したところ、女性はこのやりとりの一部始終をボイスレコーダーで録音して弁護士事務所に持ち込んだのです。

 

【判決】

この判例は、「パワハラ行為をするように相手に仕向けられた」とも言える事例です。第一審では、上司のパワハラが認められて会社側に約300万円の支払いが命ぜられ、続く控訴審でも「人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて叱責した点については、従業員に対する注意・指導として社会通念上許容される範囲を超えているものであり、不法行為を構成する」と判断されました。
ところが、「もっとも、面談時に上司が感情的になって大声を出したのは、被害者の態度がふてくされ、横を向くなど不遜な態度を取り続けたことが多分に起因していると考えられる」と被害者側の非も指摘され、一審での損害賠償等請求の一部を棄却し、過失相殺として会社側に請求されたのはわずか10万円の支払いだったのです。
つまり、女性に言い放った暴言自体はパワハラとも言うべきものであるけれども、それは言わせた方も悪い。いわば喧嘩両成敗で、賠償金は大幅に減額してあげましょうという判決だったわけです。
このように、被害者側にも明らかな問題がある場合には、どんなに過激な発言をされていても100%パワハラとは認めてもらえないということ。ここでもやはり、「客観的に状況を見る」視点が大切だということがよく分かりますね。