パワハラ110番

パワハラが労災認定された背景

「部下の指導は厳しいのが当たり前!仕事は悔しさをバネにして覚えるもんだ」
…そんな時代はもう遠い過去のこと。近年、大企業を中心にパワハラ対策に力を入れる動きが活発化しています。
具体的には、パワハラ防止を盛り込んだ就業規定の改定や管理職を対象としたパワハラ防止研修の実施、社内相談室の整備、通報システムの整備等が挙げられるでしょう。セクハラとは異なり、現在の法律では、企業のパワハラ対策は明確に義務付けられているわけではありません。にも関わらず、なぜ多くの企業がこれほどまで積極的にパワハラ対策に取り組むようになったのでしょうか?

 

こうした動きの背景には、労働紛争が増加しているという背景があります。厚生労働省が発表している「総合労働相談件数の推移」の2010年度データによれば、労働条件、募集採用、職場関係、女性労働問題…といった労働問題に関するあらゆる分野の相談の件数が約113万件であり、そのうちの約22%に当たる24.6万件が個別労働紛争に関する相談でした。個別労働紛争とは、個々の労働者と事業主との間の紛争のこと。各都道府県の労働局が窓口となって対応します。これは年々増加の一途をたどっており、09年度、10年度の2年間は過去最大の数字を記録しているのです。(図表2-1-1)

 

総合労働相談件数の推移

 

さらに深刻なのは、その個別労働紛争の内訳です。全体の21.1%を占める「解雇」に関する相談に次いで、「いじめ・嫌がらせ」といったパワハラに関する相談が13.9%を占めており、その割合は年々増加していることが分かります。(図表2-1-2)
実際、パワハラを受けた被害者が裁判を起こす例も増えており、会社側が大きな不利益を受けるリスクも高まっています。

 

民事上の個別労働紛争相談の内訳

 

もうひとつ、企業のパワハラ対策推進に大きな影響を与えるきっかけとなったのが、労災の認定基準が変わったこと。2009年4月6日に行われた「心理的負荷による精神疾患等に係る業務上外の判断指針」の改正です。
この指針は、労災を認定するための基準となる指針であり、これが改正されるということは、今までは労災と認めてもらえなかった事案が、労災認定される可能性が出てくるという非常に大きな意味を持っているのです。会社で受けたパワハラが原因でうつ病を発症したにも関わらず、労災とは認めてもらえずに涙を飲んできた被害者たちにとっては、希望の光ともいえる大きな変化と言えるでしょう。
具体的な改正内容について説明する前に、精神障がいの労災認定を判断するための3つの判断要件をご紹介しましょう。

 

@判断指針で対象とされる精神障がい(うつ病など)を発病していること
A@の発病前おおむね6カ月の間に、客観的に当該精神障がいを発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること
B業務以外の心理的負荷および個体側要因により、当該精神障がいを発症したとは認められないこと

 

このうち、Aの「業務による心理負荷」を評価するために「心理的負荷評価表」があります(補足資料:http://www.pow110.com/text/text1.html (閲覧には製品版に記載のパスワードが必要になります)。精神障がいの発病に関係していると疑われる業務にどのような出来事が含まれていたのか?また、その出来事が表の中の「具体的出来事」に該当するかどうか?を判断し、それによってもたらされた心理的な負担の強度を評価するというものです。

 

今回の改正で新たに追加された「具体的な出来事」は下記の通り。()は心理的負荷を表しています。注目すべきは、Kの「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」という項目が心理的負荷「V」という最高レベルの評価で追加されているという点です。2-1-3を見て分かる通り、数ある項目の中でも「強度V」はわずか5項目しかありません。
つまり、職場でいじめや嫌がらせといったパワハラ行為を受けることは、重度の病気やケガを負うことと同じくらいダメージが大きいことだということ。工場内で起こった重大事故と同じくらい深刻な災害であるということです。それが公式に認められたということは、今後の労働裁判に大きな影響力を及ぼすことは間違いないでしょう。労災と認定されるということは、その精神障がいの発病が「会社の責任である」と立証されることとほぼ等しいと言っても過言ではないのです。

 

【心理的負荷評価表 改正項目】
@違法行為を強要された(U)
A自分の関係する仕事で多額の損失を出した(U)
B顧客や取引先から無理な注文を受けた(U)
C達成困難なノルマが課せられた(U)
D研修、会議等の参加を強要された(T)
E大きな説明会や公式の場での発表を強いられた(T)
F上司が不在になることにより、その代行を任された(T)
G早期退職制度の対象となった(T)
H複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった(T)
I同一事業場内での所属部署が統廃合された(T)
J担当でない業務として非正規社員のマネージメント、教育を行った(T)
Kひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた(V)